最高裁判所大法廷 昭和47年(す)87号 決定 1972年7月01日
申立人・弁護人
小林直人
外五名
被告人吉木定外二名に対する住居侵入、公務執行妨害被告事件(昭和四三年(あ)第八三七号)について、申立人らから裁判官天野武一を忌避する旨の申立があつたので、当裁判所は、検察官の意見を聴き、次のとおり決定する。
主文
本件忌避の申立を却下する。
理由
本件忌避申立の理由は、別紙のとおりである。
所論は、要するに、天野裁判官は、昭和四六年五月二一日裁判官就任前に、昭和四五年三月から同年一〇月まで最高検察庁次長検事の職にあつた当時、すでにそれ以前から当裁判所に係属していた本件被告事件(検察官の上告申立にかかるもの)について、その職務上、検察官の合議に関与し、報告を受け、またはこれを指示する等、最高検察庁の検察官を指揮監督する立場にあつたものであるから、刑訴法二〇条六号にいう「裁判官が事件について検察官の職務を行つたとき」にあたり、同法二一条一項により同裁判官を忌避するというのである。
しかし、刑訴法二〇条六号にいう「裁判官が事件について検察官の職務を行つたとき」とは、裁判官が、その任官前に、当該事件について、検察官として、ある具体的な職務行為をした場合をいうものと解すべきである。そして天野裁判官が、最高裁判所判事就任前に、所論の期間最高検察庁次長検事の職にあり、その職務上、最高検察庁の検察官の事務につき部下検察官を指揮、監督する立場にあつたことは所論のとおりであるけれども、当裁判所の調査の結果によれば、同裁判官が次長検事在職中本件上告事件につき具体的な職務行為をした事実のないことが明らかであるから、所論の事実をもつて直ちに本件被告事件につき刑訴法二〇条六号の除斥原因に該当するということはできない。
よつて、申立人らの右申立は理由がないので、刑訴法二三条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。(石田和外 田中二郎 岩田誠 下村三郎 色川幸太郎 大隅健一郎 村上朝一 関根小郷 藤林益三 小川信雄 下田武三 岸盛一 坂本吉勝)
弁護人小林直人、同伊達秋雄、同大野正男、同西田公一、同小島成一、同小長井良浩の忌避申立理由
本件について、弁護人等は天野武一裁判官に対して先に回避勧告書を提出しましたが、同年六月八日附を以て回避されないことになつた旨、通知に接しました。
しかしながら、次のとおり、同裁判官については忌避の原因がありますので、刑事訴訟法第二一条により、忌避します。
1 同裁判官は、最高裁判所裁判官に新任せられた、昭和四六年五月二一日までは検察官であり、昭和四五年三月から同年一〇月までは最高検察庁次長検事の地位にありました。
2 本件は昭和四三年三月二六日原審判決直後、検察官上告により、最高裁判所に係属するにいたつたものでありますから、同裁判官の最高検察庁次長検事在官当時もひきつづき、係属していたものであります。
3 本件係属の最高裁判所に対応するのが最高検察庁であり(検察庁法第二条一項)、次長検事は「最高検察庁に属し」「庁務を掌理し、すべての検察庁の職員を指揮監督する」「検事総長を補佐」(検察庁法第七条)するもので、最高検察庁における検察実務全般の実質的中枢の地位にあるものであります。
4 同裁判官は、右の如く本件が最高裁判所に係属中、その対応官庁(検察庁法第二条一項)であり上告当事者である最高検察庁を指揮監督する地位にありました。もとより検察庁内部での会議等の内容は第三者の知るところではなく、同裁判官が次長検事として具体的にどのように本件に関与されたか不明であります。
しかし、少くも同裁判官は次長検事として、職務上、本件上告事件について検察官の合議に関与し、報告をうけ、又はこれを指示しうる立場にあつたことは客観的事実であります。
上告事件として本件が最高裁判所に係属中、事件当事者を指揮監督しうる立場にあつた人が、その後裁判官になり、当該事件を判断するということは、裁判の公平性に対する信頼に重大な疑問を抱かせるものであります。
「裁判が公正であるというについては、裁判の内容自体が公正であるばかりでなく、その公正が国民一般から信頼され、いささかも疑惑を持たれない姿勢を堅持することが肝要なのである」とはつとに最高裁判所長官のいわれるところであります(法曹時報二三巻一号一五頁、石田和外「法曹倫理」)。
天野裁判官が本件判断に関与されることは、右の如き裁判の基本的なあり方に反するものと考えます。
同裁判官は、刑事訴訟法第二〇条六号にいう「裁判官が事件について検察官又は司法警察員の職務を行つたとき」に該当するものであり、本件職務の執行から除斥されるべきであります。
以上、天野武一裁判官に対し、刑事訴訟法二一条一項により忌避の申立をします。